暇を持て余す力は育っている?「ひますぎる」と言った子に教えられたこと
こんにちは!流山のヴァイオリン・ソルフェージュ教室です!
先日、訳あってしばらくお休みしていた生徒さんが、久しぶりにレッスンに来てくれました。
何気なく、

どうしてまたやろうと思ったの?
と聞いてみたら、
返ってきた答えはまさかの一言。

ひますぎて。
……思わず、ちょっと笑ってしまいました。
でも同時に、「めちゃくちゃ健全!」とも思ったんです。
忙しいのが当たり前な今の子どもたち。「ひま」って、そんなに悪い?
現代の子どもたちは、本当に忙しいですよね。
- 学校
- 習い事(大量)
- 塾
- 予定や習い事で目一杯の週末
- 移動中や待ち時間はとりあえず動画orゲーム
退屈しないように大人が先回りしてるというか、
「ひまな時間はなるべく作らないほうが良い」みたいな空気までありますよね。
親の心理としては、ごく自然だと思います。

時間を有効に使ってほしいわ。
でも教師として子どもたちを見ていると、

ひまを持て余す余裕がない子、増えたなあ・・・。
と感じることが、正直あります。
退屈は遊びを生み出していた。子どもの「ひま」の力
突然ですが、私の幼少期の話を少し。
4〜5歳の頃、
お菓子の丸い缶(エコルセの詰め合わせ)を2つ、ガムテープでくっつけて、
その缶をタイヤの如く転がし、
横にあったテーブルに手をかけながら、その缶の上に乗り、
一輪車ごっこなのか、中国雑技団に入る練習なのか、自分でもよく分からない遊びをしていました。笑

写真が無いのが残念!
子供心に「とても大きい缶」というイメージがあったので、直径30~40cmぐらいの物だったかもしれません。


今思うと完全に謎ですが、
あれは完全に「ひま」から生まれた遊びでした。
- 誰にも指示されず
- 正解もなく
- ただ思いついたことをやってみる
子どもの遊びって、本来こういうものですよね。

ちなみに、一輪車には乗れたためしがありません!笑
中国雑技団は言わずもがな。
今は「退屈になる前」に全部埋まってしまう
現代ではどうでしょう。
- 予定がぎっしり
- 少しの空白はスマホやゲーム機が埋める
- YouTubeや動画配信は、次から次へとコンテンツが流れてくる
これ自体が悪いわけではありません。
便利だし、安全だし、親にとって助かる場面もたくさんあります。
ただその一方で、
「ひまだなあ」「なにしようかなあ」
と考える前に、
時間が埋まってしまう子も多いように感じます。

退屈を経験しにくい世の中になった、ってことですかね…。
「ひますぎる」は、内側が動いている健全なサイン
だからこそ、「ひますぎる」という一言が、
私はとても印象に残りました。
「ひま=つらい」じゃなく、「ひま=何かしたい」になっている。
これは、
「自分の内側が今、どういう状態か」に気づけているということ。

何かやりたいな。

そういえば、あれ楽しかったな!
そう思い出せる感覚は、
忙しさの中では案外、育ちにくいものです。

ひまは成長に必要な栄養なんですね。
音楽は、退屈と仲良くなる場所
音楽の練習は、正直、地味です。
すぐに成果は出ないし、
一人で向き合う時間も長いし、
「この練習、ほんとに意味ある?」と思う時もあります。
でもその中で、
- なんとなく音を出してみる
- ぼーっと弾いてたのに、いつの間にか面白くなる
- 気づいたら時間が経っている
そんなふうに、退屈が集中や遊びに変わる瞬間が来ます。
「忙しい毎日」の中で、音楽の時間は
ちょっとした“余白”です。

先生に1から10まで教えてもらおうとして、自発的に弾けない子もいます。
退屈から何かを生み出す経験が少なく、外からの刺激を待つ癖がついてしまっているのかもしれませんね。
子どもが暇そうにしていたら…大人にできること
もし子どもが暇そうにしていたら。
すぐに何かを与えなくてもいいのかもしれません。
ほんの少しの間、そのままにしてみる。
そのうち、
よく分からない遊びが始まったり、
急に何か作り出したり。
大人から見ると意味不明な行動でも、
その子にとっては、とても大事な時間だったりします。
ひまを持て余す余裕は、子どもの特権です。
それを許容できる心の余裕が持てる大人でありたいなと思います!
それでは、流山のヴァイオリン・ソルフェージュ教室でした!

